第2章 競争
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人間の大きな脳を解明する鍵が見つかるかもしれない二つの大まか「明かり」
生態的チャレンジ
捕食者を撃退する、大型の獲物を狩る、火を意のままに扱う、新しい食料源を見つける、新しい気候にすばやく適応するなど
「協力の機会」
社会的チャレンジ
交配相手を獲得する競争社会的地位を得るための画策、同盟や裏切りなど結託するための政治、集団内の暴力、いかさま、欺瞞など
「競争」であり「破滅を招く可能性がある」
多くの人は知性への鍵を生態的チャレンジという心地よい明かりの下に見つけたいと考える
しかしながら、多くの形跡が、人間の知性は社会的チャレンジの明かりの下にあることを示している
ここでわたしたちが何を恐れているのかを理解する事が重要
実際、多くの競争はすんなりと認められ、称賛さえされる
認めることが難しいのは、性的な嫉妬、仲間内の地位争い、結婚生活の権力争い、不正行為の誘惑、職場の駆け引きなど、協力的な関係を決裂させるおそれのある競争
一般にわたしたちは個人、家族、地域社会、国家として自分がよく見える説明を好む
こうした偏見と心理的な弱点があるからといって、わたしたちは競争について明晰な思考ができないということではなく、ただそれが難しくなるだけ
セコイアのたとえ話
ある意味、樹木の限界の高さ
実際には、セコイアは適応によって針状葉から直接霧の水分を吸収できるようになっているため、すべてを地上から運ばなくてもよい。それでもほとんどの水は根から得ている
セコイアであってもほかの樹木であっても、高さは容易に手に入るものではない
風と重力に逆らって立ち続けるためには、多くのエネルギーと物質が必要
根を強くする、水平に広がって太陽光を多く集める、あるいは種を撒き散らすなどに費やすことのできるエネルギーと物質
垂直方向の成長に多くの力を注ぐ理由は種によって様々
ある種は種を効果的に撒き散らすため
また別の種は、キリンが届かないように伸びていくアカシアの木のように、それを食べる地表の動物から葉を守るため しかしながらほとんどの木が高くなる理由は、ひたすら太陽の光を多く受けるため
森林は猛烈に競争の激しい場所であり、太陽光は必要不可欠な資源であるにもかかわらず十分にない
仮に自分が世界で一番高い種のセコイアだったとしても、ほかのセコイアがたくさん生えている森にいれば、なおも十分な太陽光が得られるかどうかを心配しなくてはならない
多くの場合、種のもっとも重要な競争相手は同じ種
こうしてセコイアは進化の軍拡競争に陥った
セコイアは密林から進化してきたに違いない
正しい背景さえあれば、あの高さは完璧に意味をなす
セコイアと同じように、わたしたちの種に大きな脳というという目立つ特徴がある
セコイアと同じく、主に他の種と争っていたのではなく、自分たちのなかで争っていたのである
最古のホモ・サピエンスは、20〜50人程度の小規模で結束の硬い集団で暮らしており、霊長類にふさわしい資源を巡って競い合っていた 言語の進化に関する影響力の大きい1990年の論文で彼らはこう述べている
「ほぼ同格の知的能力を持ち、その動機にときとしてあからさまな悪意があるような生き物との悪化割愛は、認知能力に無理難題な要求を突きつけ、しかもそれがエスカレートし続ける」
「欺瞞の発見としばしばその拡散の療法が、知性の進化を促す主な原動力である。皮肉にも、不正行為が真実を見抜く知的ツールを研ぎ澄ませる役割を果たしているのかもしれない」
無論、社会脳仮説だけでは、どのように、なぜ、巨大な脳に進化したのかを完全に説明できない
人間以外の種にもたくさんの社会競争が見られる
しかし、人間が発達させてきたような知性を形作るにあたって主内部の競争が重要な要因だったという点については、ほとんどの学者で意見が一致している
性
わたしたちの種の性について論じると、性差、つまりどのように異なる性の戦略をとるかということに気を取られがちである
確かに、異性間には生物学的な違いがあり、それは人間の行動を理解するうえで重要だ
けれども、ここでは、そして本書を通じても、そのような差については多くは語らない
男性と女性をあえてひとまとめにするのは、一雌一雄のつがいになる種では雄と雌の動機はひとつに集約することができるためだと考えてもらいたい むろん、人間は完璧なつがいや一夫一妻ではないが、かなり近いと言える
実際、リドレーはこう述べている
したがって本書では、性についても他の生活の局面と同様、わずかに異なる点が強調されることはあるかもしれないが、男性も女性も同じ一般的な本能にしたがっているというアプローチをとることにする
また、本書では性の競争の側面に焦点を当てている
協力的な子育てが必要不可欠であることは間違いないが、ここではそれは注目の対象ではない
性の競争は主に交配相手を競う形をとる
局所的に見れば、単婚性のひとつのコミュニティ内に存在しうる番の数には限度があるため、これはもっぱらゼロサムゲームである
したがって、どちらの性もおもに自分と同じ性同士で競争に直面する
生殖のための競争も進化の軍拡競争につながる
専門用語では、クジャクの尾は「train」と呼ばれている そして、人間に特有な行動の多くは生存が目的ではなく生殖が目的だ
視覚芸術、音楽、物語、ユーモアは、クジャクの尾と何ら変わらない、交尾のための手の混んだ求愛行動だと考える十分な根拠がある
社会的地位
支配はヨシフ・スターリンのように他者を威圧することによって得られる地位で、地位の低い側は恐怖やその他の回避本能で制御される
名声は、女優のメリル・ストリープのように影響力の大きい人間になることによって得られる地位で、尊敬やその他の接近の本能で制御される
むろん、このふたつの形は相容れないものではない
たとえば、スティーヴ・ジョブズは支配と名声の両方を示していた
しなしながら、このふたつの方いてゃ分析状は異なる生物学的な意味を持つ別々の戦略
支配は明らかに、往々にして敵意むき出しでは快適な競争の産物
しかしながら、支配階層ではひとりしかトップに立てないので、上位に進むためには他者を蹴落とし、頂上を手に入れてからは競争相手を退けなければならない
名声は、少なくとも表面的にはそれほど熾烈な競争には見えない
本当のことを言えば「名声」と呼ばれるものはしばしば姿を変えた支配
実際には支配力を持ち、支配と結びついている
それらはみな「相対的な」資質である
名声を理解するもう一つの方法は、ちょうど性的な魅力が交配相手の市場におけるその人の「価格」であるように、それが友情や仲間の市場におけるその人の「価格」だと考えること
すべての市場と同じように、価格は需要と供給によって変動する
そこで、名声の競争は、芸術、科学、技術革新などプラスの副作用を生むことが多い((16))
しかしながら名声を求めることそのものはほぼゼロサムゲーム
政治
アリストテレスが人間を「政治的動物」と呼んだことはよく知られているが、その称号を得るにふさわしい種は、じつは人間だけではない アリストテレスの言う人間とは正確には「都市国家の動物」
ドゥ・ヴァールの洞察の核は、人間の権力争いはチンパンジーに起きているものと構造的に類似しているという考え方 他の多くの動物と同じ用に、チンパンジーは支配階層を作っている
機械的な支配階層を、政治的な要素をたくさん含むものに変えるのは同盟 二対一の駆け引きは、チンパンジーの権力争いを多彩なものにすると同時に危険にもする。鍵を握るのは同盟だ。一頭の雄による単独支配は、少なくとも長期的には無理がある(De Waal, 2005) 同盟こそが政治を政治たるものに変える
チームを作って共通の目的のために力を合わせる能力がなければ、その生物種の「政治」生活は、ニワトリがみなほかのすべてのニワトリをつつくように個人競争のレベルにとどまる
科学者は様々な種の同盟政治について記録に残してきた
けれども、人間以上に政治的な種はほかにいない
私たちは同盟政治に大量の時間を費やしている
チームを探してそこに加入したり、参加者の問題に対処したり、必要であれば縁を切ったりする行動は、オオカミが群れで狩りをするのと同じくらい自然に実行できる(Dessalles, 2007) 政治がすべて無理強いや背信だと考えるのは大きな間違いで、そこには握手、助け合い、さらには抱擁もたくさんある
マキャヴェリの指南書は最高指導者に向けられた『君主論』 カスティリオーネは宮廷で贔屓されたい下位の貴族のための『宮廷人』を執筆した 主題は似ているが多くの面でこの二冊の本は正反対
マキャヴェリが人間の政治の無慈悲で道徳とは無関係な側面を協調したのに対し、カスティリオーネは人の機嫌をとるためのソフトで人間的な側面を押し出した
カスティリオーネの意見では、理想的な廷臣は行儀がよく、社会的な品位がなくてはならない
だましたり脅したりして相手を操るのではなく、魅力、褒め言葉、社交の価値を通して、情愛をたくさん勝ち取らなければならない
マキャエリもカスティリオーネもそれなりに正しい
しかしながら、カスティリオーネの方法は表面上はそれほど競争が激しいように見えないけれども、実は同じ動機づけに基づいている
したがって、結局の所、人生の様々な競争に勝ちたいという同じ動機が、策略を巡らす社会的病室者と感じのよい廷臣の両方を突き動かしている
構造上の類似点
これら3つの競争はもちろん完璧に別々のものではない
重複しており、中間の目的は同じ
ときには一つの競争の成果が別の競争の手段になる
たとえば、生殖競争で勝つためには、高い地位や政治的影響力を持つことがしばしば有利に働く
その一方で、魅力のある連れ合いは、結果として社会的地位の向上につながるかもしれない
3つの競争にはまた、重要な構造上の類似点がある
どれもみな、全員が勝つことのできない競争であり、歯止めのない競争は険悪になりかねない
性と社会的地位は、パートナーや仲間の数に限りがあるため、特にそうだ
政治についても同じことが言える
重要なことに、同盟内のメンバーは協力によってパイの取り分を増やすことができる
もう一つ重要な類似点は、いずれの競争もふたつの補足スキルを必要とすること
「潜在的パートナーを評価する能力」と「優れたパートナーを引きつける能力」
他者を見定めるとき、私たちは相手のパートナーとしての価値を見積もろうとしている
そこで、特定の特徴や資質を探すことになる
同時に、パートナーを引きつけるためには自分の特徴を宣伝しなければならない
わたしたちはそうした好ましい特徴を見せびらかして目立たせ、誇張までして、より質の高いたくさんの交配相手、より高い社会的地位にある沢山の友人、よりよい同盟から、ぜひ自分を選んでもらおうと自分の価値を高める
ゆえに、これらの競争すべてが結果的には軍拡競争になる
この状況では、マタイによる福音書七章一節の教え「人をさばくな。あなたがたも裁かれないようにするためである」を守ることは難しい
「自由に人を裁け。そしてあなたがたも裁かれるということを受け入れよ」
シグナルとシグナリング
進化生物学におけるシグナルとは、コミュニケーションや情報の伝達に使われるものすべて 送り手の利益になるよう受け手の行動を変えるために発達した特徴あるいは行動
例えば、汚れのない皮あるいは毛皮は健康な生き物である証拠
シグナルは、その発信者の基本的な特徴や事実と確実に一致するとき「正直」だと言われる
そうでない場合は不正直あるいはごまかし
ごまかしたいという衝動はつねにある
誤魔化せば、その行為者はコストを払うことなく利益を刈り取れる
ここでいう「コスト」には幅広い概念で、物質的な資源、エネルギー、時間、注意、身体的リスク、社会的リスク、あるいは生物における繁殖の成功に関するすべてのものごとが含まれうる。Miller, 2009を参照 最良のシグナル(もっとも正直なもの)には値打ちがある
たとえば、ライオンの低く大きな唸り声は大きな体格の正直なシグナルである
ネズミなどの小さな生き物が同じ音を出すことは不可能
ときには、自分に望ましい特徴があることを証明するために、危険で無駄な努力をしなければならないことさえある
スカンクやヤドクガエルのように強力な防衛メカニズムを持つ種が、なぜ引き立つ色に進化したのかはそれで説明がつく 自分を守ることができなければ、すぐ目につく動物は他の動物の餌食になってしまう
「行動は言葉よりも雄弁である」
言葉には、ほぼ何のコストもかからないという問題がある
これまで論じてきた競争の場、すなわち交配相手、友人、同盟相手になりうる人々の評価をするときは必ず、わたしたちは正直なシグナルに大きく依存している
たとえば、入院した時に見舞いにいくかどうかで、自分が忠実な友か都合のよいときだけの友かを示すことができる
むろん私たちは、友人、交配相手、チームメイトとしての自分の価値を宣伝したいときにも必ず、こうした正直なシグナルを用いている
わたしたちは必ずしも自分が発したり受け取ったりしているシグナルを意識しているとは限らないこと
たとえば、芸術能力と自由な時間を宣伝する手段として、芸術作品を創作する本能が進化したのだとしても、自分が流木を少しずつ削って彫刻を作っているときにそのような手段について考えているわけではない
それにもかかわらず、私たちの奇妙で独特な行動の真相にある論理は、おそらくシグナルとしての価値に基づいている
「それは人間のほぼすべての活動の最終目標である。(中略)聖職者の書類や哲学者の原稿にさえ恋文と巻き毛をそっと忍ばせるのもお手のものだ」
実生活でシグナリングの分析が難しい一因は「逆シグナリング」の現象が存在すること ただの友人は自分が敵ではないことを示したいので、笑顔、抱擁、あるいはたがいについて小さなものごとを覚えておくというような暖かさや親しみのシグナルを使う
一方、親友はただの友人ではないことを示すために、その一つの方法として少なくとも表面的に友人らしからぬ態度をとることがある
なじることもある
友情に自信があって、友好関係にヒビが入ることを心配せずに侮辱しても良い場合にのみうまくいく
このようにシグナルはしばしば、しなるなしから逆シグナルにいたる階層に分けられている
対話の部外者には必ずしもシグナルなしと逆シグナルを見分けることはできないかもしれない
しかし、関係者は通常、たとえ直感的でしかなくても、解釈するすべを知っている
性、地位、政治などの競争でシグナルが用いられると、たいてい激しい競争になる
競争相手に負けじとばかりに、だれもが可能な限り強いシグナルを発信しようとする
先を見る
しかしながら、競争の問題点はとてつもなく無駄が多いこと
セコイアは必要以上に背が高い
もし「高さ制限」を設定できたら種全体の利益になっただろう
たとえセコイアの一群がどうにかして高くなるのをやめたとしても、ほんのわずかな突然変異が起きるだけで、そのなかの一本が結束を見出して太陽光を独り占めするようになる
その変異体は子孫をたくさん残す
けれども、私たちの種は異なる
人間は先を見ることができる
規範とその実施という方法で行動を調整して、無駄な競争を裂ける方法を編み出している